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  • 2020.07.25 Saturday

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    お盆期間

    • 2020.07.25 Saturday
    • 10:51

    皆様お元気でお過ごしでしょうか?

    大雨が降ったりとぐずついた天気が多いですね…かといって晴れても暑くて体がだるだるですし…

    そうこうしていると夏本番…何とかこの夏を乗り越えていきましょう(;^ω^)

     

    さてさて毎年の事ではございますが、お盆がやって参ります♪

    平和霊園でもお盆期間の開閉時間が決まりましたのでお知らせを致しますね('ω')ノ

     

    今年も皆様のご来園を心よりお待ちしております(*'▽')

    暑い日が続きますね…

    • 2020.07.18 Saturday
    • 17:01

    皆様お元気でお過ごしでしょうか?マスクの中が蒸れてくる今日この頃ですね…(;'∀')

     

    段々と暑さが増してきているので熱中症にはならないように水分補給は忘れずに( ゚Д゚)

     

    さてさて前回のブログにてお知らせさせていただいた新樹木葬が着々と出来上がってきております♪

    そして!!ついに!!新樹木葬の名称が決まりました(*‘∀‘)㊗

     

    桜が輝くと書いて

     

    桜輝-OUKI-に決定

     

    新区画のプレオープンとして事前申し込みも継続しておりますので、是非一度ご見学にご来園してみてください(´▽`)

     

    暖かい陽

    • 2020.04.30 Thursday
    • 10:12

    皆様お元気でお過ごしでしょうか?…ってこの世の中の状況でしたら自宅にずっと待機でストレスですよね(;´∀`)

    広島平和霊園は開いておりますので、自然の空気、霊園から見える景色を見て是非リフレッシュしてください♪

     

    さて突然ですが、

     

    「躑躅」

     

    皆様この漢字読めますか?

    管理人は読めませんでした…(._.)

     

    漢字検定1級らしいです…(;'∀')そりゃ読めない訳だ

     

    そして答えですが…広島平和霊園の桜に次ぐ名物のお花

     

    躑躅(つつじ)です♪

    今年も綺麗に咲いてきておりますよ(´▽`)

     

    まだ咲き始めてきたばかりですがこれか綺麗に咲いてきますので、リフレッシュがてら皆様ご来園ください♪

     

    【広島平和霊園 トピックス】

    広島平和霊園ではこの度新しく「新桜樹木葬」が出来上がります。今はまだ工事をしておりますが、現在プレオープンという形で先行予約を受け付けております。ご興味がある方、ご検討中の方はお気軽にお問合せください♪

     

     

     

    再開

    • 2020.04.19 Sunday
    • 13:37

    皆様お元気でお過ごしでしょうか?半年以上も更新をしておりませんでした…

    また、これから少しずつ更新していきますので、お暇だったら御覧になってください(;´∀`)

     

    今は皆様自粛ムードかと思いますが平和霊園は「3密」に該当しないので、皆様通常通りお参りに来られております。

     

    どこに行こうにも営業していない…、ずっとお家にいて息が詰まる…

     

    こんな時こそご先祖様にお手を合わせにお参りに来てください♪

     

    天気が良い日は、風も心地良く、

    少しの運動にもなって心身ともにリフレッシュできますよ(´▽`)

     

    【広島平和霊園 トピックス】

    広島平和霊園ではこの度新しく「新桜樹木葬」が出来上がります。今はまだ工事をしておりますが、現在プレオープンという形で先行予約を受け付けております。ご興味がある方、ご検討中の方はお気軽にお問合せください♪

     

     

    お盆が始まります

    • 2019.07.20 Saturday
    • 15:43

    ジメジメ、ムシムシ…梅雨の時期は嫌ですねぇ(;^ω^)

     

    さて夏も本番♪お子様たちは夏休み♪海に山に川に(*'▽')楽しいことが満載ですね♪

    親にとってはとても面倒ですが…(笑)

     

    そんなこんなでもうお盆の時期が近づいてきました( ゚Д゚)

     

    平和霊園でも☆お盆イベントを致します☆詳細は追ってこちらにお知らせしますねぇ('ω')ノ

     

    それでは皆様夏を満喫くださいねぇー(*'ω'*)

     

    • 2019.06.08 Saturday
    • 09:31

    皆様お元気でお過ごしでしょうか?

     

    5月に入り、気温が一気に上がって各地でも高温の気象となってきてるみたいですね…

    今がこんなに暑いと夏が本格的になってきたらどれだけ暑いのか(; ゚Д゚)

     

    そんな訳で「涼」を求めて平和霊園では風鈴を飾っております♪

     

    …チリン、チリン(*´Д`)良い音色…

     

    ……チリン、チリン(*´Д`)音で涼しくなりますね

     

    …チリンチリン…

    チリチリチリチリチリッ(;^ω^)チリチリチリチリチリッ

     

    風が強いとだいぶ暴れておりますが、ぜひ皆様もこの「涼」の音を聞きにご来園ください(*‘∀‘)

     

    ☆おかげ様で桜樹木葬〜桜華OUKA〜も残り20区画程となって参りました。現在桜の木の近くをご案内しております♪

    どうしようかなとお悩みでございましたら、お早めにご検討ください☆

     

    皆様のご来園を心よりお待ちいたしております。

    GW残りわずか

    • 2019.05.05 Sunday
    • 11:59

    皆様お元気でお過ごしでしょうか?

     

    ゴールデンウィークも残りわずか…10連休皆様はどこかへ行かれましたか?

     

    霊園はお休み無く開園しておりました♪お参りの方もたくさん来られ暑い中お疲れ様でございます。

     

    桜の時期が終わり霊園ではつつじの花が咲き始めております。陽射しも暖かく(暑いぐらいですが…)気候も良い時期ですので

     

    色とりどりのつつじのお花を是非皆様ご覧になってみてください。

     

     

     

     

     

     

     

     

    お休み中の方は残りのGW悔いのないよう楽しんで下さい♪

    霊園は年中無休ですのでお気軽にお越し下さい。

     

    皆様のご来園心よりお待ちしております。

     

    お花見シーズン

    • 2019.04.08 Monday
    • 10:53

    皆様お元気でお過ごしでしょうか?天気が良いと花粉が大変です…

     

    さて広島平和霊園も桜の時期がやって参りました。

     

    お花見をされている方もいらっしゃる程綺麗に咲きました。

     

    写真では中々伝わらないので是非皆様現地を見にご来園ください♪

     

    13、14日くらいまでは桜も咲いているかな?

     

    黒澤明監督第1回作品「姿三四郎」封切(1943) 広島平和霊園 3月25日 大映 松竹 映画 争奪戦 新人 監督 東宝 獲得 作家 雑誌 黒澤 小説 映画化 デビュー 当時 戦争 国家 クリア 上映 シナリオ 問題 英米 審査 100点 評判 スタート セット

    • 2019.03.25 Monday
    • 09:42

    みなさんおはようございます。

     

    今日あった出来事は・・・

    「姿三四郎」で監督デビュー

     

     

    姿三四郎

     

     

    富田常雄原作の小説「姿三四郎」の新聞広告を見て黒澤は「これだ」と直感的に思い、読みもしていないのに企画部長のところへ駆け込むが、とにかく読んでからということになって、その日の夕方に書店で買って読むとやはりおもしろいということで、さっそく東宝が映画化のオファーを出したという。

     

     

     

     

    この後、一日遅れで大映と松竹も映画権を取りにいき、3社間での激しい争奪戦になった。

     

     

     

    ここで、なぜ新人監督で挑むP・L・C撮影所(後の東宝)が映画権を獲得できたのか?

     

     

     

    それは原作家の富田常雄の婦人が、雑誌で黒澤の名前を知っていたという。そこには「有望な新人」として掲載されていたらしく、その記憶があった婦人が黒澤を推挙したという。

     

     

     

     

    1943年、この直感的に出会った小説「姿三四郎」の映画化で黒澤は監督デビューする。

     

     

     

    当時は戦時下で映画に対しても国家統制が掛けられており、検閲をクリアしてはじめて上映される運びであった。

     

     

     

     

    シナリオ段階では問題はなかったが、完パケでは英米的な表現があるということで難色を示した。

     

     

     

     

    しかし審査に立ち会った小津安二郎が「百点どころか百二十点だ」といって合格になったといわれている。

     

     

     

     

    「姿三四郎」の評判は上々で興行成績も良く、黒澤は監督として幸先のよいスタートを切る。

     

     

     

     

    日本軍のガダルカナルからの敗戦、連合艦隊指令長官・山本五十六の戦死、等暗い戦況ばかりが報道される国内で、「姿三四郎」のさわやかな物語は特に好感をよぶ。

     

     

     

     

    この「姿三四郎」、公開が戦中ということで、なんと70年以上も前の作品です。

     

     

    70年前に映画を作っていた人が1990年代に入っても精力的に活動をしていたというから、驚きます。

     

     


    50年近く映画監督をやっていたということですね。

     

     

     

     

    ラストの決闘シーンは、はじめはセットだったらしいが、それを不満に思った黒澤は会社に「自然をバックに撮りたい」とロケを要求。

     

     

     

    新人監督としてはなかなか出来ないクレームを言ってのけ、見事自分の意見を会社に通してロケを行ったという。

     

     

     

     

    一番美しく

     

     

     

    続いて監督2作目、「一番美しく」をリリース。

     

     

     

     

    この映画は「戦意昂揚と兵器大増産運動ばんざい映画」のはずだったが、黒澤は、女子挺身隊員たちの友情と責任感、人間としてのより良く生きる為の闘いにテーマをすり替えて製作した。

     

     

     

     

    撮影前に作品の雰囲気作りから始めるという黒澤組の独自の撮影

     

     

     

    方法は、この映画から始まったとされる。

     

     

     

     

    同年、「虎の尾を踏む男たち」を製作するが、作品は検閲で見送られ、1952年に4作目として公開されることになる。

     

     

     

     

    この作品に出演した女優の矢口優子と翌年に結婚しましたね。

     

     


    この翌年戦後を迎えるわけですが、まあ日本が総力戦をやっている時でも映画を作っていたというのはすごいですね。

     

     

     

     

    この時期、映画を作る以上はもちろんプロパガンダ映画であったわけですが、改めて見ると、映画でしっかりと伝えられていているのは「戦意高揚」というよりは、あの時代の日本人の女性たちの気高さと美しさではないでしょうか。

     

     

     

    心に染みわたってきます。

     

     

     

    友人でもある木下恵介監督は数有る黒澤作品でもこの作品が一番好きだという。

     

     

    我が青春に悔いなし

     

     

    戦後の第1作は「我が青春に悔いなし」。

     

     


    このシナリオと、楠田清監督「命ある限り」のシナリオが似ているということが問題になり、黒澤側はやむおえず、シナリオを書き直す。

     

     

     

    シリアスドラマは建築物のようなもの、手直しするといびつなものが出来る、という信条の黒澤は、

     

     

     

    「青春に悔いなしどころか、大いに悔いありだ」と後々まで悔やんだらしい。

     

     

    素晴らしき日曜日

     

     

    1947年、焼け跡の市井の人々のスポットを当てた「素晴らしき日曜日」を製作。

     

     


    毎日映画コンクール監督賞を受賞、高評価を得る。

     

     

     

    脚本の植草圭之助とは幼馴染で、彼の得意としている人物像が登場するということで、冴えた脚本に仕上がっており、黒澤との意見の相違はほとんどなかったらしい。

     


    しかし撮影で主役の沼崎勲の演技には悩まされたようで、「自分が下手な癖して「僕の演技プランでは…」なんて言いやがるから。

     

     

     

    ほんとにぶん殴ってやりたいぐらいだった。」というぐらいのミスキャストであった。

     

     

     

    途中、主人公が急にカメラ目線になり、スクリーンを見ている観客へ訴えかけるシーンがあります。

     

     


    ここがこの映画の一番の見どころだと思うのですが、これは凄いいいです。やられます。

     

     


    当時はどのように評価されたのか分かりませんが、今見ても引き込まれる何かを感じさせますね。

     

     

     

    フランスの巨匠アラン・レネ監督が「映画史上最高に美しいシーン」と絶賛したと言われています。

     

     

     

    姿三四郎モデルの人物はどんな人?

     

     

     

    実在する人物で、西郷四郎さんという方がモデルになっています。

     

     

     

    西郷四郎さんは1866年3月20日生まれ(〜没1922年12月)の明治時代の柔道家で、身長153僉体重は53kgだったとされています。

     

     

     

    そのことからも、小柄で強い柔道家のことを「〇〇の三四郎」と呼ぶようになり、現代では1990年代に活躍した古賀稔彦(こが としひこ)さんが「平成の三四郎」と呼ばれています。

     

     

     

    古賀稔彦さんは身長169僂念賈槐愽蕕づ蠅欧鯑整婬擦箸靴討い泙靴拭

     

     

     

     

    西郷四郎さんは講道館四天王(こうどうかんしてんのう)と言われる4人の柔道家の一人で、柔道の実力者でもあり柔道を世の中に広める活動もしてきました。

     

     

     

    奥さんはいましたが子供はいなかったそうで、病気のため56歳で亡くなった際には血の繋がりはない「孝之」さんという人物が後を継いだそうです。

     

     

     

    姿三四郎は5度も映画化された鉄板作品

     

     

     

     

    初めて映像化されたのは黒澤明監督の1943年公開作品ですが、その後も映画、テレビドラマ、テレビアニメと何度も映像化されています。

     

     

     

     

    1943年(昭和18年)公開「姿三四郎」

     

     

     

     

     

    蒸気機関車、引退(1970) 広島平和霊園 3月24日 日曜日 くもり 機関 車 明治 鉄道 欧米 先進国 採用 新橋 横浜 日本 最初 鉄道 開業 同時 登場 製造 技術 設備 輸入 大正 日本 近代化 車両 物資 輸送 活躍 戦後 産業 遺産 環境 資源 保

    • 2019.03.24 Sunday
    • 09:36

    みなさんおはようございます。

     

    今日は3月24日(日曜日)です。

     

     

    さて、今日は何の日ですが

     

     

    今日あった出来事は・・・

     

     

    蒸気機関車

     

     

     

     

     

     

     

    明治時代初期から日本の鉄道史の中で、蒸気機関車は近代化に大きく貢献した鉄道車両です。

     

     

     

    欧米の鉄道先進国で本格的に採用された後、1872年(明治5年)に新橋〜横浜間で日本最初の鉄道が開業するのと同時に登場しました。

     

     

    蒸気機関車は、製造技術や設備を持たない明治時期には、欧米からの輸入に頼っていましたが、大正時期に初の国産蒸気機関車が誕生します。

     

     

    以降、製造技術の向上と製造設備の拡充に伴い、多くが国内で生産され、日本近代化の牽引車両となって、長らく人や物資の輸送に活躍しました。

     

     

     

    戦後、国鉄の動力近代化策などにより、蒸気機関車は次々と退き、1970年代中頃には鉄路から姿を消しますが、その後、産業遺産や環境資源として見直され、保存されていた蒸気機関車が各地で復活をとげ、現在はJRにとどまらず、一部の私鉄、第三セクター鉄道でも、その姿を見ることが出来ます。

     

     

     

    直流電気機関車

     

     

     

     

     

     

    鉄道のお電化方式には直流と交流があり、直流用として製造された機関車が、直流電気機関車(直流機)です。

     

     

     

    直流機は仕様線区や用途に合わせて、平坦線区用や勾配線区用、旅客用や貨物用などの機関車が製造され、その塗色には旧型機に加え、ED60・61形やEF60形などの新性能機初期では「ぶどう色2号」の単色塗りでしたが、後に「青15号」を基調色とし、全面に「クリーム色1号」の警戒色を塗装したカラーとなりました。

     

     

     

    また、「ジョイフルトレイン」の牽引機では、客車に合わせて塗り替えられたり、国鉄の分割民営化後のJR貨物では、更新工事を機に新塗色化されました。

     

     

     

    現在では国鉄時代に製造された機関車の置き換えが進められ、JR貨物では新技術を採用して従来機とは異なる、新たな塗色をまとった直流機が登場しています。

     

     

     

    交流電気機関車

     

     

     

     

     

     

     

    日本の鉄道電化は直流から始まりましたが、国鉄では1950年代中頃に合理化を目的として、早く、低コストでの電化を実現する為、欧米で採用されていた交流の導入を決めます。

     

     

     

     

    これにより、タイプの異なる複数の交流電気機関車(交流機)が試作され、これらによる各種試験の結果を受けて、1960年代に量産機が次々に誕生しました。

     

     

     

    交流電化は変電施設の数を減らすことができ、経済性などの点でも有利な為、北海道や東北、北陸や九州で推進され、東日本の50Hzと西日本の60Hzに対応した、様々な交流機が登場しました。

     

     

     

    交流機は近年、久しく新製がありませんでしたが、北海道新幹線開業に伴う青函トンネル区間での新幹線、在来線の共用化により、JR貨物が新たにEH800形を誕生させています。

     

     

    交直流電気機関車

     

     

     

     

     

     

    機関車の交換を行わずに、直流区間と交流区間を走行すべく開発されたのが、交直流電気機関車(交直流機)です。

     

     

     

     

    各地での電化に伴い、1959年に直流、交流50Hzに対応した試作機ED46形が完成しました。

     

     

     

     

    1960年代には交流60Hzで電化された九州側と直流区間の関門トンネルを結ぶため、EF30形が試作され、翌年より量産機が登場しました。

     

     

     

     

    さらに1962年から常磐線に直流、交流50Hzに対応したEF80形が投入され、交直流機の本格的な活躍が始まりました。

     

     

     

     

    その後、1968年には北陸本線(交流50Hz)と信越本線(直流)、羽越本線(交流50Hz)に対応した3電源方式のEF81形が誕生し、国鉄の交直流機のスタンダードとなりました。

     

     

     

    そして、民営化後のJRにはEF510形、EH500形が登場し、現在は主力は、この2形式となっています。

     

     

     

    ディーゼル機関車

     

     

     

     

     

     

     

     

    ディーゼル機関車は軽油を燃料としてディーゼルエンジンによって走る機関車で、電化設備を必要としない上、比較的維持費が安い

    ことから、非電化の国鉄幹線や亜幹線、支線、貨物ヤードなどに加え、各地の私鉄た工場の引き込み線に至るまで、蒸気機関車の代わりに多くが導入されました。

     

     

     

    日本のディーゼル機関車の歴史は、1929年にドイツから輸入したのが始まりで、国産第一号機は1933年に試作されています。

     

     

     

    その後、ディーゼル機関車が本格的に使用され始めたのは1960年以降で、様々なタイプが製造されました。

     

     

     

    国鉄の分割民営化後は、JR貨物が1992年に北海道の貨物列車牽引用にDF200形を開発、導入し、さらに2010年には新しい入れ替え機として、ハイブリッド機のHD300形を登場させ、DE10形を置き換えています。

     

     

     

     

    新幹線

     

     

     

     

     

    東海道新幹線の開業以降、半世紀以上かけて新幹線のネットワークが拡大し、レールには直接繋がらないものの、北は青森から南は九州まで新幹線で結ばれました。

     

     

     

    そして、2015年3月には北陸新幹線が石川県の金沢まで開業し、2016年3月には北海道新幹線が青函トンネルを抜けて、北海道までを結びました。

     

     

     

    また、車両については、様々な型式が開発されて世代交代を栗前氏、近年ではJR東日本が独自開発したE5系、E6系が新幹線最速の320Km/hで営業運転を行い、JR東海、JR西日本、JR九州では最新テクノロジーを駆使したN700系シリーズが主力として活躍しています。

     

     

     

    さらに北陸新幹線用に、JR東日本がE7系を、JR西日本がW7系を登場させ、JR北海道では同社初の新幹線電車のH5系を導入し、車両面でも発展が続いています。

     

     

     

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