ゲーテ、没。83歳(1832) 広島平和霊園 3月22日 金曜日  ドイツ 自然 生物 政治 法律 小説 修行 時代 代表 ヨーロッパ イタリア 恋愛 古代 科学者 ライフ 英語 著作 家庭 旅館 自由 都市 生活 最高 地位 市長 教育 実家 幼児 学校 家庭

  • 2019.03.22 Friday
  • 09:47

みなさんおはようございます。

 

 

 

今日は3月22日 金曜日です。

 

 

今日は何の日ですが、

 

 

今日あった出来事は

 

 

 

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

1749年8月28日 - 1832年3月22日)は、ドイツの詩人、劇作家、小説家、自然科学者(色彩論、形態学、生物学、地質学、自然哲学、汎神論)、政治家、法律家。

 

 

 

ドイツを代表する文豪であり、小説『若きウェルテ

ルの悩み』『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』、叙事詩『ヘルマンとドロテーア』、詩劇『ファウスト』など広い分野で重要な作品を残した。

 

 

 

 

その文学活動は大きく3期に分けられる。

 

 

 

初期のゲーテはヘルダーに教えを受けたシュトゥルム・ウント・ドラングの代表的詩人であり、25歳のときに出版した『若きウェルテルの悩み』でヨーロッパ中にその文名を轟かせた。

 

 

 

その後ヴァイマル公国の宮廷顧問(その後枢密顧問官・政務長官つまり宰相も務めた)となりしばらく公務に没頭するが、シュタイン夫人との恋愛やイタリアへの旅行などを経て古代の調和的な美に目覚めていき、『エグモント』『ヘルマンとドロテーア』『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』などを執筆、シラーとともにドイツ文学における古典主義時代を築いていく。

 

 

 

シラーの死を経た晩年も創作意欲は衰えず、公務や自然科学研究を続けながら『親和力』『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』『西東詩集』など円熟した作品を成した。

 

 

 

大作『ファウスト』は20代から死の直前まで書き継がれたライフ・ワークである。

 

 

 

 

ほかに旅行記『イタリア紀行』、自伝『詩と真実』や、自然科学者として「植物変態論」『色彩論』などの著作を残している。

 

 

 

『若きウェルテルの悩み』初版扉

 

 

カール・アウグスト公

 

 

シャルロッテ・フォン・シュタイン

 

 

 

1775年11月、ゲーテはカール・アウグスト公からの招請を受け、その後永住ゲーテはアウグスト公に無期限の休暇を願い出、9月にイタリアへ旅立った。

 

 

 

もともとゲーテの父がイタリア贔屓であったこともあり、ゲーテにとってイタリアはかねてからの憧れの地であった。

 

 

 

 

ローマ近郊におけるゲーテの肖像(1786年/1787年、ヨハン・ハインリヒ・ヴィルヘルム・ティシュバイン画)

 

 

 

ワイマールに立つゲーテとシラーの像

 

 

1821年『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』刊行。

 

 

 

 

『修業時代』の続編であり、この作品では夢想的な全体性を否定し「諦念」の徳を説いている。

 

 

 

 

またこの年、ゲーテはマリーエンバートの湯治場でウルリーケ・フォン・レヴェツォーという17歳の少女に最後の熱烈な恋をした。

 

 

 

 

1823年にはアウグスト公を通じて求婚するも断られており、この60歳も年下の少女への失恋から「マリーエンバート悲歌」などの詩が書かれた。

 

 

 

1830年、一人息子アウグストに先立たれる。

 

 

 

ゲーテは死の直前まで『ファウスト』第2部の完成に精力を注ぎ、完成の翌1832年3月22日にその多産な生涯を終えた。

 

 

 

「もっと光を!(Mehr Licht!)」が最後の言葉と伝えられている。

 

 

 

墓はヴァイマル大公墓所(ドイツ語版)(Weimarer Fürstengruft)内にあり、シラーと隣り合わせになっている。

 

 

自然科学者としての業績

 

 

 

羊の間顎骨。

 

これがヒトにもあること

 

をゲーテは発見した。

 

 

針鉄鉱(ゲータイト)

ゲーテは学生時代から自然科学研究に興味を持ち続け、文学活動や公務の傍らで人体解剖学、植物学、地質学、光学などの著作・研究を残している。

 

 

 

20代のころから骨相学の研究者ヨハン・カスパール・ラヴァーターと親交のあったゲーテは骨学に造詣が深く、1784年にはそれまでヒトにはないと考えられていた前顎骨がヒトでも胎児の時にあることを発見し比較解剖学に貢献している。

 

 

 

自然科学についてゲーテの思想を特徴付けているのは原型(Urform)という概念である。

 

 

 

 

ゲーテはまず骨学において、すべての骨格器官の基になっている「元器官」という概念を考え出し、脊椎がこれにあたると考えていた。

 

 

 

1790年に著した「植物変態論」ではこの考えを植物に応用し、すべての植物は唯一つの「原植物」(独:de:Urpflanze)から発展したものと考え、また植物の花を構成する花弁や雄しべ等の各器官は様々な形に変化した「葉」が集合してできた結果であるとした。

 

 

 

このような考えからゲーテはリンネの分類学を批判し、「形態学(Morphologie)」と名づけた新しい学問を提唱したが、これは進化論の先駆けであるとも言われている(星野慎一『ゲーテ』)。

 

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